2013年8月26日月曜日

朝日新聞の「声」欄に投稿シリーズNo.2

時々、無性に自分の意見を発したい時ってありますよね。
そういう時には、新聞の読者欄に投稿するのも、ひとつの手段です。
昨年から朝日新聞を購読していますので、私の場合はその「声」欄に投稿しています。
しかし、全国版だけあって、なかなか紙面に出てきません(*^_^*)

そこでこれから、このブログにも同じ原稿をアップすることにしました。

だって、新聞社にとっては「取るに足らない声」であっても、私自身にとっては「ぜひとも聞いて欲しい声」なんですもの(*^_^*)

****ある感激****(2011/4/9)

昨日、テニス仲間と南阿蘇で一泊の合宿テニスを楽しんだ。

仕事の都合で皆より一足早く帰宅することになった私は、ホテルが出してくれたミニバスに乗って高森駅に行く事になった。


バスには関西から来られたシニアの5,6名のグループが既に乗られていたので、私は運転席の横に腰を下ろした。


駅に着き、バスから降りてドアを閉めようとしたその時だった!


私の手がドアから離れたと同時に、ある老紳士の手がそこに置かれた。


「アッ!」


と思ってドアが閉まるのを止めようと思ったが、遅すぎた。
ドアはその老紳士の手の上に閉まったのである。


「いたっ!」
「すみませーん!!」


私は血の気が引く思いがした。
幸いドアのスピードが遅かったので、衝撃は少ない方ではあったが、老紳士の人差し指からは血が滲み出てきた。


「大丈夫ですか、病院に行きましょうか」


こう言う時は何と言ってよいか解からないものである。

しかし、ティッシュで指を包んでしっかり押さえたその方は、落ち着いた表情で、私をしっかり見つめられて、こう言われた。


「これは私の不注意です。全然痛くありませんし、血もすぐ止まりますから大丈夫ですよ。
御心配なさらずに、早く切符を買われてください。」


それを聞いた私はあっけに取られてしまった。


何と言う偉い人だろうか。


血が出ているのに痛くないはずはないし、ドアを閉めたのは私の不注意以外の何者でもないのだ。
まして私が電車に乗り遅れるのを心配されている。


気が動転して、お名前も連絡先も聞かずじまいだったのが悔やまれるが、今は傷も無事にふさがり、この事故が熊本の印象を傷つけなかったのを祈るのみである。


また、私もこの方のような立派な人格を備えたシニアになるよう努力したいと思う。



****涙の疾走****(2011/5/12  これは熊日新聞に掲載されました)


新緑が目に滲みるような5月の朝に、父が82年の生涯を閉じました。
まるで自然界に命をお返しするような、穏やかな最後でした。
納棺士の方も、「こんな穏やかなお顔は始めてです」と言ってくださいました。


でも、父の人生を振返ってみると、やはりそこには色々な不運や不如意が見え隠れしているのです。

例えば、こんな事があったと聞いています。

ある日、成績優秀だった父をS中学(現在のS高校)に進学させてくれるように、担任の先生が自宅まで来られて祖母に頼まれたそうです。

その頃は既に夫を亡くし、女手ひとつで農業をしながら父を育てていた祖母は驚いて言いました。

「そぎゃんこつしたら、この家が成り立って行きまっせん!」

進学を断念せざるを得なかった父は、どんなにか悔しかった事でしょう。


その悔しさをどうしようもなく、隣の村まで涙を流しながら疾走したそうです。

それで悔しさを吹っ切ったのか、それとも封印したのか、父はそれ以来いっさいその事を口にしなかったそうです。


私達子供も祖母からはその事を聞いた事がありましたが、本人がそれを口にした事はありませんでした。

その後も、母親を恨むことなく、早く亡くなった父親を恨むこともなく、自分なりの納得の人生を開いて行った父。


そんな父の、潔さと努力と勤勉に、深い感謝と尊敬の涙を捧げる日々です。

****** 私の夏の秘訣****(2011/7/14)

この夏を乗り切る、いや楽しむための私のエネルギー源は、ずばり「早朝ガーデニング」とその後の「シャワー」である。

老齢のため世話ができなくなった義母から、昨年の春ぐらいから引き継いだ庭(屋敷)は 600坪近くもあり、正直言って広すぎる。
引き継いだ時は、「どうして私が…」と思ったものであるが,いざ始めてみるとこれがなかなか面白く、今はすっかりはまっている私なのだ。
衣服を作業用に整えて庭に出るのは6時頃。まだボンヤリとした私の目に飛び込んでくるのは、朝日に気高く輝く黄色い大輪のヒマワリ達である。


心で「おはよう!」と挨拶しながら、旺盛な生命力がほとばしる夏草取りに盛を出す。30分もすると汗びっしょりになるが、これがまた不思議と心地良い。


1時間ほど自然との対話を楽しんだ後、朝の澄み切った光の中で浴びるシャワーは、これまた至福の時である。


その日がどんなに暑くなろうとも、この爽快感が余韻を残すのだろうか、不思議と元気な毎日を過ごしている。

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