2013年8月29日木曜日

この本は良かった!~No.1

私の最大の楽しみは、なっと言っても読書である。
常に未読の本が2冊ぐらいは手元にないと、寂しさを感じてしまう。
また反面、面白い本に出会うと、幸せこの上ない時を過ごせるのである。

そんな、私を幸せにしてくれる本の思い出を残すため、読書感想を時々残していきたいと思う。



「貧困大国アメリカ」シリーズの3巻目になります。
著者によると「完結編」だそうです。

今回はアメリカの「アグリビジネス」を中心に取材してあります。
遺伝子組み換え作物の栽培を、あたかも収入が倍になるイメージを持たせて、多くの農家に栽培を始めさせ、結局はその農家は
借金漬けになっていく・・・

そして全アメリカ国民の1%にしか過ぎない人達が巨額の富を、
また得ていく過程が明らかにされています。

驚くべきは、アメリカでは「遺伝子組み換え食品」の表示もしなくて良い法律ができてるそうで、政治も1%の人達の金で買われ、言うなりの用です。

もちろん、このアグリビジネスは世界をターゲットにしており、インドやアフリカ諸国の農民も犠牲になっているそうです。

TPP交渉を始めた日本。
頑張って、このアグリビジネスだけは阻んで欲しいですよねー


2013年8月26日月曜日

朝日新聞の「声」欄に投稿シリーズ~No.3

時々、無性に自分の意見を発したい時ってありますよね。
そういう時には、新聞の読者欄に投稿するのも、ひとつの手段です。
昨年から朝日新聞を購読していますので、私の場合はその「声」欄に投稿しています。
しかし、全国版だけあって、なかなか紙面に出てきません(*^_^*)

そこでこれから、このブログにも同じ原稿をアップすることにしました。

だって、新聞社にとっては「取るに足らない声」であっても、私自身にとっては「ぜひとも聞いて欲しい声」なんですもの(*^_^*)


******あるパーティで****(2013/5/1)

TPPもいよいよ、7月交渉参加が正式に決定した。
このTPPへの参加、不参加にあたっては苦い思い出がある。
約2年前の10月頃だった。
熊本のある大きな、シニアを対象にしたメーリング交流会に所属している私は、「新入会員歓迎パーティ」に出席していた。
そのメーリング交流会は趣味クラブも多くあるので、
新入会員を対象に各クラブ紹介も行われる。
私も「国際交流クラブ」を作っているので、その紹介が回って来た。
ちょうどその頃は、TPP参加の是非が大きな関心を呼んでいる時であったので、それを踏まえて、

「グローバル化がどんどん進んでいます。日本は貿易国ですからTPPは避けて通れないでしょう。こういう時こそ、お互いの国の文化をもっと知るべきであり,主張すべきは主張して・・・・

というような感じでクラブ紹介スピーチをした。
スピーチが終わってしばらくしてから、会長がやって来られて、
「TPPのことを話題にしたの?○○さんから聞いたけど、この会は政治発言は禁止だから・・・」と言われた。

そして、そのその○○さんからは「皆に正式に謝罪して欲しい」と頼まれたのだ。
事を荒立てたくなかった私は、納得いかないまま、マイクを握り皆に向かって、

「先ほどの発言はお忘れください、申し訳ありませんでした」
と謝罪した。
でも本心では、政治は身近なもので、TPPのような大きな問題は、もっと気軽にいろいろな場所で議題にしていいのではないかと思った。
まるで言論統制下の様に、政治に関することを少し言っただけで、なぜそんなに過剰反応してしまうのだろう?

政治を身近に感じ、気軽に議論する、そんな雰囲気がなかったら、

「技術は世界一流、政治は五流」

といつまでも言われ続けることとなるのではないだろうか?




****七つの水仙****(2013/2/24)


ややもすると億劫になりがちな家の掃除を、少しでも楽しくしようと言うことで、私がやっている工夫は「音楽」である。

CDプレーヤーの音量を思いっきり大きくし、好きな音楽をかけながらやると、身も心も軽く掃除が進む。

先日は久しぶりに「ブラザーズフォー」のアルバムを流してみた。


スローな甘いメロディーに乗って、美しいハーモニーとともに流れて来た詩は

「・・・僕には、豪邸も、土地もないし、手には紙幣一枚もない
 けども、丘に降り注ぐ朝の光を見せてあげられる、そして
 七つの水仙の花をあげる・・・」

こんな愛の言葉に女性がなびいた時代はもう大昔のような気がしたが、あまりの美しい詩と音楽の世界が深く心に染み入った掃除の時間となった。

折しも、庭の水仙の蕾も大きく膨らんで、早春の陽に微笑んでいるようであった




**********グリーンカーテン*****(2011/8/22)

町の積極的に推進している事もあって、私も今年初めてゴーヤのグリーンカーテンに取り組んだ。

効果は上々、窓一杯に生い茂った葉を通り抜けてくる風は、本当に涼しくて心地良い。

また、西日が強い時は、葉にうつろう影の織り成す美しさに我を忘れる事も。またほろ苦いゴーヤそのもののおいしさは言うまでも無い。


こんな素敵なゴーヤカーテンを、来年は倍増しようと思い、種を採取する事にした。


ゴーヤがオレンジ色になるまで待ち、収穫してからさらに数日間置いておくと、自分で自然に割れた。中には真っ赤なゼリー状の幕に覆われた種が顔を出している。


試しに1個だけ口に入れてみると、何とこれが甘いのだ!
これは、動物に甘い種の外側だけをを食べてもらい、残った種を自然界に吐き出してもらう事によって、子孫を繁栄させようとする意図に違いない。


と言う事は、私達が「おいしい!」と言って食するほろ苦いゴーヤは、その苦さで未熟な種を守っている事になる。


何と巧みな生命の妙なのだろうか。


これからゴーヤを食する時は、少しの罪悪感と深い感謝で、以前よりも味わい深くなりそうである。





朝日新聞の「声」欄に投稿シリーズNo.2

時々、無性に自分の意見を発したい時ってありますよね。
そういう時には、新聞の読者欄に投稿するのも、ひとつの手段です。
昨年から朝日新聞を購読していますので、私の場合はその「声」欄に投稿しています。
しかし、全国版だけあって、なかなか紙面に出てきません(*^_^*)

そこでこれから、このブログにも同じ原稿をアップすることにしました。

だって、新聞社にとっては「取るに足らない声」であっても、私自身にとっては「ぜひとも聞いて欲しい声」なんですもの(*^_^*)

****ある感激****(2011/4/9)

昨日、テニス仲間と南阿蘇で一泊の合宿テニスを楽しんだ。

仕事の都合で皆より一足早く帰宅することになった私は、ホテルが出してくれたミニバスに乗って高森駅に行く事になった。


バスには関西から来られたシニアの5,6名のグループが既に乗られていたので、私は運転席の横に腰を下ろした。


駅に着き、バスから降りてドアを閉めようとしたその時だった!


私の手がドアから離れたと同時に、ある老紳士の手がそこに置かれた。


「アッ!」


と思ってドアが閉まるのを止めようと思ったが、遅すぎた。
ドアはその老紳士の手の上に閉まったのである。


「いたっ!」
「すみませーん!!」


私は血の気が引く思いがした。
幸いドアのスピードが遅かったので、衝撃は少ない方ではあったが、老紳士の人差し指からは血が滲み出てきた。


「大丈夫ですか、病院に行きましょうか」


こう言う時は何と言ってよいか解からないものである。

しかし、ティッシュで指を包んでしっかり押さえたその方は、落ち着いた表情で、私をしっかり見つめられて、こう言われた。


「これは私の不注意です。全然痛くありませんし、血もすぐ止まりますから大丈夫ですよ。
御心配なさらずに、早く切符を買われてください。」


それを聞いた私はあっけに取られてしまった。


何と言う偉い人だろうか。


血が出ているのに痛くないはずはないし、ドアを閉めたのは私の不注意以外の何者でもないのだ。
まして私が電車に乗り遅れるのを心配されている。


気が動転して、お名前も連絡先も聞かずじまいだったのが悔やまれるが、今は傷も無事にふさがり、この事故が熊本の印象を傷つけなかったのを祈るのみである。


また、私もこの方のような立派な人格を備えたシニアになるよう努力したいと思う。



****涙の疾走****(2011/5/12  これは熊日新聞に掲載されました)


新緑が目に滲みるような5月の朝に、父が82年の生涯を閉じました。
まるで自然界に命をお返しするような、穏やかな最後でした。
納棺士の方も、「こんな穏やかなお顔は始めてです」と言ってくださいました。


でも、父の人生を振返ってみると、やはりそこには色々な不運や不如意が見え隠れしているのです。

例えば、こんな事があったと聞いています。

ある日、成績優秀だった父をS中学(現在のS高校)に進学させてくれるように、担任の先生が自宅まで来られて祖母に頼まれたそうです。

その頃は既に夫を亡くし、女手ひとつで農業をしながら父を育てていた祖母は驚いて言いました。

「そぎゃんこつしたら、この家が成り立って行きまっせん!」

進学を断念せざるを得なかった父は、どんなにか悔しかった事でしょう。


その悔しさをどうしようもなく、隣の村まで涙を流しながら疾走したそうです。

それで悔しさを吹っ切ったのか、それとも封印したのか、父はそれ以来いっさいその事を口にしなかったそうです。


私達子供も祖母からはその事を聞いた事がありましたが、本人がそれを口にした事はありませんでした。

その後も、母親を恨むことなく、早く亡くなった父親を恨むこともなく、自分なりの納得の人生を開いて行った父。


そんな父の、潔さと努力と勤勉に、深い感謝と尊敬の涙を捧げる日々です。

****** 私の夏の秘訣****(2011/7/14)

この夏を乗り切る、いや楽しむための私のエネルギー源は、ずばり「早朝ガーデニング」とその後の「シャワー」である。

老齢のため世話ができなくなった義母から、昨年の春ぐらいから引き継いだ庭(屋敷)は 600坪近くもあり、正直言って広すぎる。
引き継いだ時は、「どうして私が…」と思ったものであるが,いざ始めてみるとこれがなかなか面白く、今はすっかりはまっている私なのだ。
衣服を作業用に整えて庭に出るのは6時頃。まだボンヤリとした私の目に飛び込んでくるのは、朝日に気高く輝く黄色い大輪のヒマワリ達である。


心で「おはよう!」と挨拶しながら、旺盛な生命力がほとばしる夏草取りに盛を出す。30分もすると汗びっしょりになるが、これがまた不思議と心地良い。


1時間ほど自然との対話を楽しんだ後、朝の澄み切った光の中で浴びるシャワーは、これまた至福の時である。


その日がどんなに暑くなろうとも、この爽快感が余韻を残すのだろうか、不思議と元気な毎日を過ごしている。

朝日新聞の「声」欄に投稿~No.1

時々、無性に自分の意見を発したい時ってありますよね。
そういう時には、新聞の読者欄に投稿するのも、ひとつの手段です。
昨年から朝日新聞を購読していますので、私の場合はその「声」欄に投稿しています。
しかし、全国版だけあって、なかなか紙面に出てきません(*^_^*)

そこでこれから、このブログにも同じ原稿をアップすることにしました。

だって、新聞社にとっては「取るに足らない声」であっても、私自身にとっては「ぜひとも聞いて欲しい声」なんですもの(*^_^*)

(採用された原稿もあります)

***胸にシコリが・・・***(2011/1/4)

2010年も数日を残すだけとなったある晩であった。
大掃除で疲れた身体を癒すべく、ゆっくりと入浴タイムを取った私は何気なく胸の辺りに手を当てた。


すると、左胸の上部に豆粒大のシコリがあるではないか!
硬くはないが柔らかくもなく、指に下でコロリと動く感じで、何とも不気味であった。


案の定その晩は寝つきが悪く、乳がんを患った友人や知人の顔が浮かんでは消え、心地良い疲労がもたらす筈であった快眠は、一転して悪夢にうなされる夜となってしまった。


「大したことないよ」と言う夫は元から信用にならず、勇気を振り絞って、年明け一番で「乳腺外来」を受診した。


最悪の結果を覚悟して望んだ診察は、
「…これは…脂肪の塊ですね…」と少し笑ったような先生の顔であった。


恥ずかしいようで、気抜けしたような一瞬だったが、その結果は何にも増してありがたく感じられた。

「もしや癌では?いや大丈夫」と自分に言い聞かせて、病院に行くのを先延ばしにする人が多く、手遅れになるケースも間々あるようだ。勇気を出して、思い切って一日でも早く病院を訪れて、私のように「安堵」を得るか、またもしも癌の場合でも早期発見で治癒し易い幸運な結果を招いて
欲しいと強く思う。



*****  就職戦線の冷たき思い出  ******* 2011/1/18


「今年の就職内定率は過去最低」の文字があちこちで目に付く。


内定をもらってない新卒者あるいは既卒者、またその人達の家族に取っては、今冬の異例な寒さはひとしお身に染みている事だろう。


そして、この厳しい就職状況のニュースは、即座に私を40数年前の辛い記憶へと引き戻すのである。


私が大学を出た昭和52年頃は、第一次オイルショックの後で景気が後退していた局面で雇用も縮小し、なかなかの就職難であった。


しかしそんな事よりも何よりも辛かったのは、


「女性は早く嫁いで家庭に入るが一番の幸せ」

という概念が行き渡っていて、

「大卒は早く嫁ぎ先を見つけないと行き遅れる」
と言った様な風潮が強く、面接する企業側も女性にはさほど期待してなく、「男性のみ募集」との求人も幅を利かせていた。

結局、県庁のアルバイトをしばらくすることになった私に反して、私より成績の悪かった中学の同級生の男の子達は、しごく当然の如く正規の就職をして行った。

極端に言えば、「社会は女性の能力を必要としてなく、妻や母としての役割しか要らないのか」と思ったほどである。


そして、

「ではいったい何のため、あんな辛い受験勉強をして大学に入ったのか」

自己否定的になったりもしたものである。

あれから45年、日本にも「男女雇用機会均等法」がある。

今は女性にも男性にも、能力を公平に評価する社会になっているのだろうか?


そう願うのみである。





****病院によってこんなにも違う***** (2011/2/13)

ある日、夫の腰に激痛が走りどうにも我慢できず、ある個人病院の整形外科を受診した。


「これはヘルニアですが、腰部脊柱間狭窄症も見られます。運動機能も障害が出てきてますし、悪くなる一方ですから、早めに手術される事をお勧めします」

担当の医師からそのような厳しい検査結果を聞かされた夫は、相当のショックで頭が空白になり、勧められるまますぐに手術の予約をして来た。


それ以来心配で夜も良く眠れない夫に、ストップをかけたのは夫の姉であった。


「あそこの病院はすぐ手術をするとの悪い噂が立っているよ。もうひとつ別の病院に行ってみたほうが良くない?」


そう言えばセカンドオピニオンとしても、もうひとつ別の病院で検査を受けてみるべきだという事になり、ある公的な医療機関を受診した。


そしたら、「これは完全にではありませんが、ある程度まで自然回復すると思いますよ。こんな軽いのまで手術してたら、
私なんか忙しくて身が持ちませんよ。そこは病院としての色々な事情があって、手術を勧められたんでしょう。」
と言われたそうだ。


夫がホッと胸をなでおろしたのは言うまでもない。


そして、薬とコルセット&安静を心がけて1週間が経った。
おかげで症状もだいぶ改善して来ているようだ。


でも、病院の経営事情で手術を勧められる時代なのか… 


ちょっと背筋も寒くなるような経験だった。