2011年3月19日土曜日

興味深いお話(No.21)~FUKUSHIMA 50~

今回の大地震は被害も未曾有の甚大さですが、福島第一原発の放射能漏れが人々の不安を掻き立てています。
それについてセバスチャン(プエルトリコ出身、10歳の時にアメリカ移住)とお話しする機会がありました。
自分の命を顧みずに、原発の復旧に必死に取り組む原発従事者の事が、
セバスチャンにある感動の記憶を呼び覚ましたのでした。
(3月19日、午後2:00の時点での会話)

セバス)今日の福島原発の動きはどうだったんでしょうか?

私)昨夜の夜を徹しての作業で電源が回復し、1号機と2号機に繋ぐことが出来たそうですよ!他にも色々故障しているみたいなので、それがすぐに冷却水の給水に繋がるかどうかはまだ不明です。また、放水も連続して行なわれているようで、効果も少し現れてるみたいです。
朗報ですよね。

セバス)それは良かったですね!

私)今夜も徹夜で作業をして、3号機と4号機に電気を繋ぐために頑張って下さるそうです。放射能を浴びる危険性を犯してまでも、自分の使命を果たそうとするこの方達のことは、イギリスのBBCのホームページでも"FUKUSHIMA 50"として賞賛されてました。アメリカのABC放送でもヒーローとして絶賛されたそうで、私も日本人として誇りに思います。

セバス)自分の命を捨ててでも、放射能漏れを止めようとしている彼らは、本当にヒーローですね。

私)そうですよね。
地震が起きた日の真夜中3時,津波警告のまっただ中で,歩けないような暗闇の中でも原子炉を直そうと,津波が来る海の真横で,確実に死につながるだろうと解かっていながらも、働き続けられたそうです。致死的放射能漏れを止めるために、自らの命を危険にさらして残った人達を爆発が襲い,実際に何人かの作業員は亡くなられたそうです。本当に勇敢で、ありがたいです。

セバス)そのお話は、私の16歳の時の経験を思い出させます。
私はその頃マサチュセッツ州のある大きな市に住んでたんですが、ある晩、倉庫の火事があったんです。
どうもホームレスが何人か共同生活をしていたみたいで、彼らが使っていたロウソクが火事を引き起こしたそうです。火が出た途端彼らは逃げましたので、
発見が遅くなって、消防車が来た時は凄い火の勢いでした。

私)それからどうなったんですか?

セバス)先ず消防士3人が中に入って行ったんです。でも、出て来るのが余りに遅かったので、次の3人がその3人を救おうと火の中に入って行きました。
でも、悲しい事に6人全員が帰って来なかったんです。焼け跡には、彼等の遺体も完全に燃えてしまっていて、何も残っていない状態でした。

私)そうだったんですか、本当に残念でしたね!

セバス)私もとても悲しかったんですが、彼等の勇敢な行動は今でも鮮烈に記憶に残っています。また、市も彼等の勇敢な行動を賞賛し、6人の銅像を建立しました。もちろん今でも市の中心部にあります。

私)それはいい事ですね。で、どんな銅像ですか?

セバス)6人が必死に火事と戦っている様子です。それを見るといつも勇気付けられます。

私)そうでしょうね。でも、そういう勇敢な働きをした人達を「賞賛する」事はとても大事だと思います。日本ではあまりそう言った事をしませんので、
ややもすると陰で勇敢な働きをしている人達に気付きません。
日常的にも、際立った良い行動をした人は、もっと認識してあげて賞賛してあげると、良い波動が社会に広がって行くかも知れませんね。

セバス)そうですね。文化的や考え方の違いはあると思いますが、勇敢で崇高な行動を「認めてあげる」ことは必要ではないでしょうか。

私)私もそう思います。世界的にも歴史的にも偉大な働きをされている、"FUKUSHIMA 50"(実際には100人以上)の方々の、無事と成功を祈りたい気持ちで一杯です。そして、今度の大地震の犠牲者の方々の御冥福、それに一日も早い復興も心から祈っています。

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