昨日の曲水の宴でのインスピレーションで作ってみました。(^▽^)
"歌人(うたびと)の筆走りゆく短冊に春風(はるかぜ)ゆれて曲水の宴(えん)"
ビレッジ 便り
熊本,菊陽町の田舎に住んでいます。 どういうわけか、田舎にありながら、英語スクールを営み、 興味は常に外国にあり、異文化交流が大好きな私です。 出会い、発見、日々感じる事、諸々の発信です。 よろしくお願いします。
2026年5月5日火曜日
2026年5月4日月曜日
2026 曲水の宴
今日は世継宮で行われた「曲水の宴」を、友人達と見に行ってきました。
「曲水の宴」は奈良・平安時代に貴族の間で盛んに行われていた行事です。
今は、九州では大宰府天満宮、鹿児島の仙厳園、そして熊本の世継宮だけで見ることができます。
1時間30分の催しでしたが、和歌の朗唱に合わせて踊る巫女の舞や「世継太鼓」の奉納などもあり、すっかり平安絵巻の世界に浸ることができました。
五月の薫風が吹き渡る境内には、ゆったりとした雅な(みやびな)時間が流れ、とても癒されました。
2026年5月3日日曜日
ドイツの写真
うちのスクールの生徒さんからいただいた写真です。
ドイツの・ハノーファー ・ヘルボルン ・ヴェルニゲローデを回って来られました。いずれもフランクフルトから車で約3時間ぐらいの所にある町です。
あるドイツの半導体会社のご招待で、日本全国から10名だけ招待されたそうで、Yさんもめでたく選ばれました!
1週間の短い視察旅行でしたが、初めての海外旅行だっただけに喜びもひとしおだったご様子でした。
しかしながら、ドイツの街並みの美しさ、また澄みわたる空の青さと白い雲のコントラストも相変わらず美しい!!
2026年4月29日水曜日
山鳥の随行
今日はどうにか雨も降らないお天気でしたので、「山鳥」に会いに菊池の「智者が峰」に行ってきました。
車の後ろで登山靴に履き替えて、車の横のほうに行ったら「キャー!」
何と山鳥が目の前でお出迎え!!
(山鳥としては「帰れ!、出ていけ!」)と言っているのですが。(^▽^)
そのまま頂上まで、そしてまた車に乗るまで随行してくれたのでした。
もちろん、飛び蹴りや頭攻めなどに合いそうになりましたが。
でも、可愛いく美しい、艶やかな雄で、きっとこの春も
素敵な奥様鳥をゲットできることでしょう💞
2026年4月22日水曜日
2026年4月19日日曜日
2026年4月18日土曜日
美しい!!
このブルーインパレスの動画と写真は、うちの英語スクールの生徒さんのMさんから送っていただきました。
「一眼レフで撮りました」と言われるMさんは大学生で、
飛行機の写真コンテストで入賞したり、優勝したりされる腕前です。
動画も一直線が多曲線に分かれるシーンは美しい!!
2026年4月13日月曜日
アフリカの鼓動 セネガルの風
昨日は「きくよう多文化クラブ」で「アフリカの鼓動 セネガルの風」の集いを催した。
西原村に住まれるスレイマンさんとお友達のカズさんをお迎えして、ジャンベ ミニコンサート&セネガル トークをしていただいた特別な催しであった。
ジャンベのウエルカム演奏が鳴り響く会場には約40名の方々が参加され、ジャンベの心地良いリズムが皆さんを包み込んでくれているように感じた。
●第1部:お二人に約20分間のジャンベ演奏をしていただいたが、
私もアフリカ南部を訪れたこともあり、目を閉じて演奏を聴いていると、アフリカの高い青空、光る雲、吹き渡る風、満月の輝き等々の思い出が浮かび、ジャンベが語りかけているようであった。
スレイマンさんの、ジャンベという楽器についての紹介は、会場から「へー、そうなんだ!」といった反応が感じられ、心に語りかけてくるようなジャンベ演奏の根幹に触れたよう思えた。
お話をまとめてみると・・・
*ジャンベは普通の単なるドラムではなく、アフリカではグリオという特別な演奏者達によってのみ演奏される。
*このグリオ達は数世代にわたる先祖から代々、歌や踊りとして受け継いだ歴史的な出来事、村の決まりごとなどを、聖なる木であるバオバブの下で演奏する。
また、冠婚葬祭のみならず、もめ事の仲裁、病気治療のアドバイスと幅広く対応し、全て歌や踊りの音楽として口承している。
*バオバブの木は800年ぐらいの寿命を持つ巨大な木であり、葉や実は生薬として人の命病を治すのに役立っている。古来より聖なる木とされ、各村の巨大な木は日本のお宮のような存在である。何かあると村人達は木の下に集い、グリオ達の歌や踊りと共に重要な事を決める
●第2部:スレイマンさんによるお国紹介
国内には10以上の部族があり、それぞれの言語、生業、文化があるが、お互いに我慢することは我慢して違いを受け入れ、ラテンガと言われる「おもてなし」の気持ちも強いそうだ。そのおかげか、内戦もなく民衆が平和に暮らしている。
セネガルにはゴア島という奴隷貿易の拠点だった島の一つがある。
そこには「奴隷の家」という建物が残されており、アフリカ中から連れて来られた黒人達が、1階と地下の劣悪な環境の中ですし詰め状態で監禁され、アメリカ大陸へ行く船に乗るまでを過ごした。またドアの向こうはすぐ海になっており、そのドアが開いて船に乗せられたら最後、2度とアフリカの土を踏んだ黒人はいなかったという。それで「帰らざる門」と呼ばれていた。この建物の2階と3階は裕福な白人たちが住み、ぜいたくな暮らしをしていたという。
胸が痛くなるような悲惨な話であった。
この奴隷貿易で莫大な利益を得たヨーロッパ諸国では、産業の発展がなされ、特にイギリスでは「産業革命」の資本になったそうである。
その他、子供達(7歳の男子)の成人式の様子や食べ物、各部族の生業の様子などなど、ここでは書ききれないほどの内容の濃いトークであった。
これまでとは違った視点で世界史を振り返ることができて、とても良かった。
また、セネガルでは日本が既に失くしたものがたくさん残っており(良い悪いは別として)
、懐かしさを感じるとともに、不便性に宿る温かさや優しさがあるとも思った。
そういう点はこれからも大事にしていって欲しいと思う。
2026年4月3日金曜日
セブ島留学から帰国
フィリピン留学から帰国されたMさんが、スクールに復帰されました。
先週帰国されたばかりなのに、「もっと英語をうまくなりたいです」と言って、さっそくレッスンを再会され感心しました。
英語はさておき、セブ島での6か月の体験はきっと生涯の宝となることでしょう
笑顔もセブの太陽のように輝いていましたよ。
私もセブ島には、巨大台風後の災害復旧ボランティアで行ってきました。
もちろん、その後友人と自由旅行をして帰りました。今では懐かしい思い出です。





























