2013年1月3日木曜日

ピラルさん、いらっしゃーい

お正月休みに熊本に帰っていらしたピラルさん、2日に拙宅を訪れてくださいました。

折しもお正月ですから、御もてなしはやはりお正月料理となりました。
「お節」の残りで申し訳ありませんでしたが、ちょっと工夫してスタイル変えましたら、
とても美味しいおもてなし料理に変身しました。

ペルー出身のピラルさんも、純日本風の家、そして御もてなしを喜んで下さってた様で、
私も嬉しい新年2日目でした。






2012年12月30日日曜日

昭和一一年一月一日の新聞

この古いタンスは夫の祖母の嫁入り道具だと思われる。
とすると、大正中、後期のタンスと言うことになる。

しかし、桐製で重厚な黒い鉄の飾りがたくさんついた作りは、古ぼけてはいるが、美しいと思う。

その鄙びた美しさとでも言おうか、このタンスの持つ本来の良さを蘇らせたいとの思いもあって、
思い切ってキッチンの近くに置いて使うことにした。

これから少しずつ自分なりに修復して行って、味わいのある古箪笥に仕上げて行きたいものである   (*≧∀≦*)


タンスを移動させるには、当然引き出しの中をカラッポにしないといけない。

それで一段目、2段目と引き出しを開けて、中の物を取り出した。

中には絣の着物や、細かい十字模様の絣柄の男の子用の着物などが入っている。
これらの着物は、夫の母のであり、父の子供時代のものであると思われる。
(夫の祖母の後は、夫の母がこのタンスを使っていた)

思い出がたくさん詰まった衣類のようなので、大事に別のタンスに移し替えた。

そして3段目になって、あら大変!

鍵が掛けてあって、どんなに強くひっぱてもビクともしない。しばらく格闘した末に諦めて夫を呼んだが、夫も「壊す以外にない」との結論。
金槌などの道具を色々と組み合わせ、慎重に奮闘した末に、やっと鍵の部分だけ壊すことに成功!

「ワッ、小判だ!」

と夫が叫んだ・・・・・しかし、それはもちろん冗談 (´∀`)

中には、黄ばんでしまっているが上質の白無垢と、薄いグリーンに鮮やかな赤の八掛が彩をそえる打掛、黒紋付や袴、それに桐の箱に大事にしまってある、黒紋付羽二重の反物などが出てきた。
これらはたぶん、夫の祖母や祖父の婚礼衣装や、嫁入り道具として持って来た反物などと思われる。

その証拠は下の写真の新聞である。


鍵の掛かっていた三段目の引き出しの下敷きに使ってあった新聞である。
日付は「昭和一一年一月一日」となっている。(夫の母はまだ嫁いで来てなかった)

「一が4個も並ぶこの記念すべき元日の新聞を取っておきたい」・・・そう思った夫の祖母は、この新聞をタンスの下敷きにして、自分達の婚礼衣装をその上に置き、施錠した。

想像を掻き立てられる76年前の話である。

黄色く変色した新聞には、

「画宴 豪華絢爛  百条敷きに美技を総動員する『大観』(横山大観のこと)』
「伏見宮家のお喜び」、(皇族の結婚が決まった)
「タクシー電柱衝突」、
「虐げられる人妻に同情し 三人心中」
「新春は先づ 新市街から・・各種高物興行を初め」

とかの見出しがあり、興味をそそられる。

昭和11年は2.26事件が起こり、翌年には日中戦争が始まっている。
いよいよ激動の昭和が始まる前の静かな新年だったとは、この時の人々は知る由もなかったであろう。


香炉

約ひと月ほど前に、お坊さんが檀家を訪ねてお経を上げて回る、「お取り越し」というのがあった。
昨年からご住職様のご子息が回られているが、お経が終わってからの雑談の中で、「このお飾りのお揃いは、お東さんのものですから・・・」と言われ、場所を置き場所を隅の方に移された。

「同じ真宗だからいいんじゃないんでしょうか?」と言いたかったが、それに対してどんな答えが
返って来るかもだいたい想像できるたので、言わずに済ませた。

そのお飾りの一つが、この香炉であるが、その時からちょっと気になっていた。
よく見ると、小ぶりで、蓋には獅子がついており、なかなか良い風情である。

隅に置いたままにするのも可愛そうなので、ピアノの上に置いて、本当の香炉として使うことにした。
ずっと以前に、ある方からお土産にいただいた「お香」があったので、それを焚いてみた。

しばらくすると、獅子の足元から「お香」の煙が柔らかく立ち上がり、そしてピアノの下の方へ流れて行く。その姿がなんとも優雅だ。

そのうちにピアノが置いてある玄関ホール全体に、奥深い、頭がジーンとするような香の香りが
立ち込め、何とも言えない深遠な雰囲気に包まれた。

それ以来、折に触れては色々なお香を焚いて楽しんでいる暮れの日々である。