2年前の「九州北部豪雨」の「今までに経験したことのない大雨」の恐ろしさは、今だ記憶に新しいところです。
先日、その時に「床上浸水」にあわれた、白川のすぐそばのお宅にお邪魔して、お話をうかがう機会がありました。
「水が引いた後は特に大変でした。だって床も畳も、どこもかしこも泥に埋まっていたのですから・・」
町からの援助はなかったか、とお聞きしたところ、
「担当課から、『今日は直々に町長がお見舞いに来られます。そのおつもりで・・』といった感じの連絡がありました。それはまるで『正座してお迎えするように』という風にも聞こえたのです。
それで、町長が各課長をズラリと従えて、家に来られた時には、私達は泥だらけの床上に、正座して迎えたんですよ」
「そして町長から、お見舞い金をいただきました。5万円でした。本当はお金ではなくて、泥出し等を手伝ってくれるボランティアが欲しかったんです。『お金よりボランティアを派遣してください』との言葉が喉まで出かかりましたが、こらえました。やはり、お金は要りますから、そんな事を言う勇気がありませんでした。」
では、復旧作業はどうしたのかと尋ねると、
「近所の方達が手伝いに来てくださいましたが、やはり気が引けるので、ほとんど自分達で泥出しや掃除をしました。災害の後片付けって、本当に重労働で大変なんです!
夏休みでもあり、募集したら大学生とかがたくさん来て下さったかもしれないのに、町はそういう手配は何もしてくださいませんでした。」
結局お金もずい分かかりましたよ。床を張り替えたり、畳を変えたりして、400万円ぐらいかかりました。」
その時の悔しさを滲ませつつ話されるのを聞きながら、
私はある事を思い出していた。
それは、町の被害の状況をニュースで知ったアリ知り合いが、「災害ボランティアをしたい」と言って、町に電話をしたそうだが、「受け入れ態勢ができていない」と断られたのだった。
その後、緊急時の災害ボランティア派遣制度とかの体制作りは進んでいるのだろうか?
どうも゛NO"のようである。
町の多くの局面で、「前年通り」の行政では立ちゆかない、住民の声が潜んでいるように感じた。
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