2015年1月19日月曜日

興味深いお話No.45~「デトロイト空港で拘束された」

お祖父様が危篤との報を受け、急遽帰国されたベネズエラ出身のMさんは、日本に帰ってこられる時に大変な目に合われたそうです。

アメリカのデトロイト空港で、別室に呼ばれ質問攻め・・・結局予定していた飛行機には乗れず、デトロイトに一泊することになったそうです。

こんな驚くべき体験を語ってもらいました。

私)お祖父様が亡くなられたそうで、お悔やみ申し上げます。

M)ありがとうございます。86歳でしたが、元気に過ごしておりました。亡くなる1週間前に倒れ、家族に見守られながら、穏やかに天国に召されました。

私)そうですか・・

M)ところで、日本への帰国が何日も遅れて、スクールにも大変な迷惑をおかけしました。申し訳ありません。

私)えー、生徒や保護者の皆さんも心配されてましたよ。私も電話もメールも通じなくて、「心配&腹立ち」の数日感でした(^-^)

M)本当にすみませんでした。でもどうしようもなかったんです。日本への帰りはデトロイト経由だったんですが、何とパスポートを取り上げられ、別室に拘束されたんです!

私)えー!でも飛行機を乗り換えるだけだったのに、何故ですか?

M)私にも分かりません。たぶんベネズエラはここ数年、アメリカと敵対してまして、それが主な理由かと思います。
でも、今まで何回かベネズエラに帰ってますが、こんな事は始めてでした!

私)デトロイトに着いたのは、1月7日だったのでしょう?
フランスでのテロのすぐ後でしたから、入国管理が一層厳しくなっていたことも考えられますねー

M)そうですねー。別室に移された後、まるで私がテロリストであるかのような態度で、微に入り細に入り、尋問されました。

私)どんな事を聞かれたのですか?

M)「日本で何をしているのか」、「収入はどれだけか」
  「なぜベネズエラに帰ったのか」「韓国、台湾、色々な所に行っているが何をしに行ったのか?」
そんな細かい事を、犯人に対するような失礼な態度で、次から次と聞かれたんです。持ち物も全て開けられ、ひとつひとつ尋問されました。

私)ほんと酷いですね!

M)また、祖父が危篤との連絡を受けて、翌日の飛行機のチケットを購入したものですから、チケット代も40万円程だったんです。
そしたらそのチケットを見て、
「どうしてこんな高い切符を買えるのか?」とか、
スリの用心のために下着に隠していたキャッシュがあったんですが、それも見つけられ、
「どうしてこんな大金を隠しているのか?」とか、
本当に腹の立つ事を聞かれました。

私)でも牢屋に入れられなくて良かったですねー

M)たぶん、私が所属している熊大に電話して確かめたと思いますよ。運悪く時差の関係で、拘束された時間が日本時間ではまだ午前2時でしたので、確認が終わるまで何時間も待たされる羽目になりました。

私)その間、何をしていたのですか?

M)質問室の椅子にボンヤリと座ってましたよ、疲れました。
いよいよ疑いが晴れて解放された時には、飛行機は飛び立った後でした。
運良く、翌日のフライトのシートが一つだけ残ってまして、それが取れた時には本当にホッとしましたよ。

私)では、デトロイトに一泊されたんですね。そのチケット代やホテル代は自分で出されたんですか?

M)いいえ、デルタ航空だったんですが、全部出してくれました。

私)それだけでも救われましたね。

M)ええ、でもデトロイトはすごく寒かったです!もう2度とデトロイト経由では帰りません!(笑)

私)(笑)本当にお疲れ様でした。ゆっくり養生してくださいねー

2015年1月18日日曜日

自由詩3~「102歳」

先ほど紹介しました、林典子の「人間の尊厳」の中に、自ら命の幕引きをした102歳のおじいちゃんのお話と写真が載っていました。

健やかに老いた老人を死に追いやったもの・・・一番の原因はそれは原発事故です。
102歳になって、自ら命を絶たせる国の取るべき進路は、原発ゼロを目指すべきなはず。

それなのに、今の日本の取っている進路は?

また、「年寄りは足でまとい」という考えを持たなければいけないほど薄くて冷たい、高齢者福祉の現状が浮き彫りにされています。

県立図書館の「文章勉強会」に通っていますが、1月のテーマが「震災から4年目を迎えて」でしたので、自由詩にチャレンジしました。

何もできない私ですが、今の思いを詩にしてみました


102歳       

飯舘村で一番の長生きだったおじいちゃん  

自然の懐に抱かれて
102年もの
穏やかな時が流れていた

健やかに老いた日々は
鳥のさえずりに包まれ
四季の花に彩られ
風は頬を優しく撫でていただろう

原発事故が起きるまでは

事故の後
村は全域計画的避難区域になり
突然人も動物も鳥も
何も住めなくなってしまった



「100歳を超えた年寄りは、避難の足でまといになるだけ」

そう思ったおじいちゃんは
静かに心に決めた
お墓に避難することを

102歳に自ら別れを告げたその日
四月のうららかな春の陽は
おじいちゃんの心の何を包んだのだろうか

地震への怒りか
原発の安全性を信じ込ませた政治への憤りか
それとも愛憎の全てを溶かし込んだ感謝の気持ちか

その年の福島県内の四月から六月までの自殺者は160人
原発事故が無かったならば
この数字はずっと少なかったことが
ぞの前年までのデータが証明している

日本の取るべき進路を
教えてくれた
102歳の幕引きであった


この本は良かった~No.12 「人間の尊厳」

朝日新聞の元日号で、著者の「林典子」のインタビュー記事が載っていました。
「とにかく現場へ足を運び、現実を、人々の様子を撮る」・・・日本女性には珍しい行動力と勇気を持った報道写真家に心動かされ、読んでみた本です。

2013年、世界最大規模の報道写真祭「ピザ・プール・リマージュ」で、日本人初の最高賞(報道写真特集部門)を受賞した著者の写真はどれも迫力満点です。

 パキスタンで硫酸で顔を焼かれた女性たちや、キルギスの誘拐結婚など、厳しい現実を正面からとらえた、目を背けたくなる写真が多数掲載されています。

また、文章に現れる優しい眼差しがあればこそ、皆が心開いて
取材に応じてくれるのが、わかります。