「チェコとチャスラフスカ」
先日、チェコ出身の熊大・大学院生とお話する機会があった。
私も居合道の文化交流のお手伝いで、
しばらくその話で盛り上がった。
チェコと言えば、以前は「チェコスロバキア」という国であった。
チェコスロバキアと聞けばすぐ思い出す名前がある、そう「
私はふと次のように言った。
「チェコスロバキアと言えば、日本でもとても人気のあった、
彼女が1964年の東京オリンピックで、 優美で気品ある姿で見事な演技を見せて世界中の観衆を魅了したことは、私の胸にも幼い頃の遠い記憶として残っている。
すると彼女の目が光を増し、次のように語り始めたのだ。
「そうなんですよ!ベラ・チャスラフスカです。
それを聞いて私は目を丸くして尋ねた。「え!!
彼女の話をまとめてみると、チェコは1939年からスロバキアと分離され、ドイツの領土となっていた。第2次世界大戦でドイツが敗退した後は、ソ連が侵攻して来て共産陣営に組み込まれた。その時に再び「
なので、東京オリンピックがあった1964年は共産圏の「
チャスラフスカは見事な演技で金メダル3個、
しかしその後、変化が現れる。
メキシコオリンピックでも、多くの金メダルを取って表彰台に上ったチャスラフスカは誇らしく自国の国旗を見上げて国歌を歌った。しかし、ソ連の国旗掲揚の時には「静かな抗議」を示したのだ。一度だけでなく、何度も。
ソ連の国旗を見上げることなく、
この「静かな抗議」は世界中で大きな話題となった。
影響を恐れたソ連政府は弾圧を強め、
しかし彼女はひるむことなく、
その後1992年に、チェコは無事にソ連から独立した。独立して自由な国に育ったその大学院生のお話は、メディアから流れて来るニュースとは違う「事実」そのものの何物でもないからか、とても心に迫ってくるものを感じた。
と語るこの若い女性にも、

























