2014年4月4日金曜日

フィリピン スタディ ツアーの「旅エッセイ」完成!


やっと「旅エッセイ」が完成しました。
今回は「貧困」、「格差社会」等の社会テーマを扱いましたので、ちょっと大変でした。

でも、自分が何を見て、何に心を動かされ、その背後にある歴史なども探りましたので、
とても自分にとってクリアな内容になりました。

そんな私の世界にお付き合いいただける方は下記をクリックくださいねー




2014年3月27日木曜日

水仙いろいろin マイガーデン

桜の花も良いけれど、春を告げる「水仙」もなかなか良いものです。春光に光る水仙は、生の喜びをマイガーデンに運んでくれます。
今年の顔ぶれを御紹介しまーす。









2014年3月16日日曜日

フィリピン スタディ ツアーに行ってきました


 2週間の滞在で、フィリピンのスタディツアーに参加してきました。
写真のようなリゾートだけでなく、スラム街や「ゴミ山」に暮らす人達を訪問したり、昨年の台風被害を受けた家族の、家の修復のお手伝いをしたり、と内容濃い旅をしてきました。

その思い出を「フォトストーリー」にしてUTUBEにアップしましたので、ご興味のある方はご覧下さいねー


遠浅の青い海に、珊瑚礁の白いビーチが輝く


ある中学校も訪問してきました

2014年2月18日火曜日

手編みのソックス

いただきました、いただきました!

手の込んだ「手編みのソックス」です。
「毛糸屋さんに行ったら、イタリア製の糸がありましたので編んでみました」と、
いとも簡単に言われたのは、ある英語講座生の方です。

とても華やかな色合いで、私の好みにピッタリです。

○○さん、ありがとう!!




2014年2月5日水曜日

この本は良かったNo.6~「歓ぶこと 悲しむこと」


五木寛之の本は、読み出すだけで心が落ち着くから不思議です。
なんでも、深夜に本を書くそうで、寝るのは午前4時ぐらいだそうです。きっと夜の静寂の中で、砥ぎ澄まされた感性と思索が、深い表現と味わいある文章を生むのでしょう。

今回の本も、「心が萎えた時に立ち直れるのは、喜びを見出したときだけでなく、悲しみを見据えた時にも、心は再生する」と、
自分の体験を踏まえて、じっくりと書いてあります。


2014年2月2日日曜日

還暦を寿ぐ


私もはや60歳となりつつあります。(2月19日が誕生日)
日本の伝統に則り、何はともあれ身内でお祝いすることになりました。
思えば幾多の星霜、困難、チャレンジをくぐり抜けて来たようにも思えます。また同時に一方では、それ等をしのぐ幸運や恵みが多くあって、幸せ感に浸れるこの日を迎えることができたと感謝しています。
「持てるものを大事にし、発展させていこう」というのが、現時点での結論のようです。

   ゛年々に わが悲しみは 深くして 
            いよいよ華やぐ いのちなりけり″(岡本かの子)



                この日の着物は、母親が特にお気に入りの「一つ紋無地」
                にしました
                 私の自由を支えてくれる夫に感謝
縁深き人々と

出水神社にお参りし、御札をいただきました
細川様ゆかりの神社はさすがでした


       水前寺成趣園の一角にある老舗料亭、「泉里」で祝い膳をいただきました

  
   久しぶりの成趣園は今もなお、水清く心洗われる庭園でした。


有難いことに、皆から色々なお祝いをいただきましたが、
特にこれはサプライズでした!

「成美」の名前の入った高級ワイン、そして私の誕生日の新聞の1面と、20歳までの各年の主な出来事をまとめたコピーが入っていました・・・
「弟もなかなかやるなー」と感心し、そして感謝したひとときでした。

このボトルは一生の記念になりそう

2014年1月26日日曜日

この本は良かった~ No.5

TVドラマで放送されている、「紙の月」の原作です。
ある専業主婦が、銀行のパートを始めたのがきっかけで、1億円の横領をしてしまうストーリーです。
もちろん背後に若い男ありです(´∀`)
でも、ただ単にその男に貢ぐためだけに横領したのではなく、「大金を持った自分は何でも、自由にできる」、その感覚の虜になったのです。
面白いのは、横領したお金で一流ホテルのスイートルームに何度も、その若い男と泊まるのですが、そのうちにその豪奢な生活も日常になってしまうと、飽きていくのです。
そして、結局はマンションを借りて、そこに男を住まわせ、自分の手料理を食べさせるのに喜びを感じるのです。
それは、自分の夫にしてあげていることと同じことなのに・・・・

何事もお金に支配されている現代社会、その谷間に巣くう闇と女性心理を描いていて、
なかなか面白かったです。








2014年1月17日金曜日

興味深いお話No.36~ペルーは今バブル真最中!

数年ぶりに、自国ペルーでのクリスマス&お正月を過ごされて来たデニスさんに、「ペルーの今」についてお聞きしました。
金や銅等の天然資源の世界的な値上がりは、ペルーを潤しているようですが、それは本当の成長とは言い難いようです。


私)久しぶりに、母国でのクリスマスを御両親と過ごせて、良かったですね!

デニス)はい、両親も私の帰郷を心待ちにしていたみたいで、本当に喜んでくれました。
でも、日本に住んで10年近くになる私は、全てを見る目が「日本標準」になってまして、
ペルーの悪いところばかりに気が付いて、そう言った意味では楽しめませんでした。

私)そうだったんですかー具体的にどういった点なのでしょうか?

デニス)先ず、ペルーに帰ったのは2年ぶりなんですが、物価がすごく上がっていたのに驚きました。例を言いますと、中級のレストランで普通の食事をするのに、2年前は15ドルくらいだったのが、今は35ドル位かかるんですよ!驚きました。
不動産もすごい値上がりで、アパートで言いますと、2年前は中級レベルのアパートの家賃は700ドル位だったのが、今は2500ドル位するんです!

私)それはまさにバブル真っ只中の様相ですね。

デニス)そうなんです。ここ10年来の金や銅等の天然資源の高騰、そして果物や野菜等の農産物の輸出の伸びが引き金となったようです。

私)私も、ブラジルやペルー、ボリビア等の急速な経済成長については知っていました。ブラジルとペルーには行ったことがあるので、やはり身近に感じているせいでしょうね。

デニス)あ〜、そうだったですねー
経済が成長するのは国にとって良いことなのですが、ペルーの場合は昔から、ただ単に天然資源や農産物を「輸出するだけ」なんです。日本は天然資源は殆どなくても、技術を基盤とした加工貿易で成長し、今はGDPは世界3位ですよね。
ペルーは、そう言う事ができないんです。

私)と言うことは、工場とかが無いということですか?

デニス)そうなんです。
例えば、あなたがニッケルを掘り当てたとしますね。そしたらオーストラリアやアメリカやヨーロッパ諸国、また日本などの外国資本が、あなたと国に幾ばくかのお金を払って利権を買い、全部自国へ輸出してしまうんです。
本当はペルー内に工場を立てさせて、技術習得や国内雇用に役立てるべきなのに・・・

私)本当ですねー、工場が無いと言うことは技術者等も育成してないんでしょうか?

デニス)驚くべき事に、そうなんです。工業高校や技術専門学校も、ペルーには一つしかないんです!端的に言いますと、ペルーにはメンテナンスができる技術者しかいなくて、工業製品を開発する技術者はいないんです!

私)豊富な天然資源があるのに、それはもったいないですよね・・・
  ペルーももっと人材を育てて、自国に産業を育成する方向に向かえばいいのにですねー

デニス)私もそう思うのですが、歴史的・文化的に難しいようです。
国民も昔から、「今が良ければいいよ、先のことを心配してもしかたないよ、ちゃんと食べていけてるんだから良いじゃない」といった感じで生きているんです。
母と買い物にも行って来ましたが、みんなスーパーでも山のように買い物していました。金などの天然資源価格はいつ暴落するか分からないのに、みんなそんな事は考えもしてないで、今のバブルを楽しんでいる雰囲気でした。

私)バブルを経験した日本としては、その様子が冷や汗が出るほど想像できますね。

デニス)日本と違ってペルーは汚職がはびこり、政治も腐敗してますから、なお一層危険な状況です。今年中にはバブルが弾けると言う人もいて、ちょっと怖い状況です。

私)そうなんですね!
世界経済も緩和政策がいつまで続くかによる状況ですから、日本も決して安全圏ではないです。
ちょっと暗い話しになりましたが、とても勉強になりました。
ありがとうございました。

2014年1月12日日曜日

投稿シリーズ~No.5

今回は「朝日新聞」へ投稿しました。
でも、残念ながらボツだったようです(;_;)
自分で読み直してみても、「ボツが当たり前・・」と納得でーす(´∀`)


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私の左手は今、見るも無残な様子で腫れて、黒ずんでいる。
 
慌ただしい暮れのある日、庭の僅かな段差に躓いて、転んでしまった時の
ものである。
自分の重い体重が上から乗っかかったためか、思ったよりもひどく、少し動かすだけで痛みが走る。
 
怪我した当初は、ついつい左手を使ってしまい、「痛っ!!」の連続だったが、時間が経つにつれて
右手を使ったり、時には足を使ったり、時には人の手助けを頼んだりして、
必要に迫られれば何かと知恵が出てくるのに、自分でも驚いている。
 
もしかしたら、人生のハンディへの処し方もこれと同じなのだろうか。
負わされたハンディの認識から始まり、受け入れ、うまく付き合って丸め込み、
なるだけ悪影響を小さくする・・・
 
私も、他人からも見えるハンディ、自分だけが知るハンディと色々あるが、
まずはそれ等を素直に認識して、受け入れることの大事さ気付かされた思いがする。
 
生来の負けず嫌いで、ハンディは「克服すること」しか発想がなかったが、こんな迂回路もあったと
教えてくれた私の左手に感謝したい。

 

2014年1月5日日曜日

お着物

小、中学校合同の「還暦同窓会」に出かけました。
会場の雰囲気に合わせて、本大島の着物を選び、帯は、これもまた還暦にちなんで「赤」色の
帯を締めました。おたいこを「角出し」に結び、カジュアル感を加えました。

60歳を祝う皆の集いに,華を添えることができるかな?